大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)72号 判決

東京都渋谷区代々木一丁目六番四号

原告

斎藤芳一

同都千代田区神田錦町三丁目三番

被告

神田税務署長

右指定代理人

野崎守

小林康行

山中順次郎

守屋和夫

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年七月三一日付けでした原告の昭和五七年分所得税の更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年分の所得税につき、別紙一の確定申告欄記載のとおり確定申告した。

原告は、昭和五七年八月三〇日、別紙二記載の土地及び建物(以下「本件譲渡資産」という。)を訴外丸二家具工業株式会社に対し代金五七二四万七六八〇円で譲渡し、それにより、昭和五七年分の所得税につき、計算上分離課税の長期譲渡金額三九三二万六一八〇円が生ずることとなつたが、右について、租税特別措置法(昭和五八年法律第一一号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三七条四項、一項に規定する買換資産の譲渡所得の特例(以下「特別措置」という。)の適用を受けるべく、右確定申告と同時に、取得予定年月日を昭和五八年一二月三一日、取得価格の見積額を七〇〇〇万円とする買換え承認申請書を提出し、分離課税の長期譲渡取得を〇円として申告した。

2  原告は、右1の取得予定年月日までに買換資産を取得することができなかつたので、昭和五九年五月一日、措置法三七条の二第二項により別紙一の修正申告欄記載のとおり修正申告(以下「本件修正申告」という。)をしたが、右修正申告書の提出と同時に、同法三七条四項括弧書きに規定する買換資産の取得予定年月日の延長の承認を求め、その承認を得て特例措置適用を受けるべく、別紙一の更正の請求欄記載のとおり更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。

3  被告は、本件更正請求に対し、昭和五九年七月三一日、更正すべき理由がない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

4  本件処分についての不服申立ての経緯は、別紙一の異議申立て、同異議決定、審査請求及び同決済の欄記載のとおりである。

5  本件処分の違法性

(一) 本件譲渡資産は、従来から原告の事業の用に供していたものであつて、原告は特別措置の適用がある事業用資産に該当すると考え、買換え承認申請書を提出していたのであるが右に対する被告の承認がされる前に、原告だけの判断で特例措置の適用があるとして買換資産の取得をした場合、後になつて、万一、被告から承認が得られないことになると、本件譲渡資産に係る分離課税の長期譲渡所得の所得税の納税資金のねん出が困難になるので、右承認を待つて、買換資産を取得することとし、再三にわたつて、被告に右の承認をするよう要請したが、被告は、取得予定年月日の五日前である昭和五八年一二月二六日になつてようやく、右の承認の通知をしてきた。

(二) そこで、原告は急ぎ買換資産の取得に着手したが、原告が買換資産として取得を予定していた物件は既に他の者に売却されていたので、原告が所有する東京都中野区所在の賃貸建物を改築してこれを買換資産とすることとし(以下右建物の改築計画を「中野の計画」という。)、昭和五八年一二月二七日、訴外高橋安茂との間で建物建築請負契約を締結した。

(三) ところが、昭和五九年一月二七日、原告所有の東京都新宿区西落合一丁目二五番九号所在の賃貸建物が賃借人の不注意により出火したため、右建物を改築する必要が生じた(以下右建物の改築計画を「新宿の計画」という。)。そこで、原告は、資金の手当ての関係もあつて、買換資産を中野の計画により取得する建物から新宿の計画により取得する建物に変更することとし、同年三月三〇日、被告に対し、新宿の計画により取得する建物を買換資産として認めてくれるよう、願書(以下「本件願書」という。)を提出した。しかるに原告と新宿の計画に係る建物の賃借人との間に争いが生じて、賃借人が立退きに応じないため、新宿の計画も延期せざるを得ない状況となつたので、原告は被告に対して、買換資産の取得予定年月日の延長の承認を求める上申書(以下「本件上申書」という。)を提出した。

(四) ところで、原告は、被告の担当職員から、買換資産を当初の取得予定年月日である昭和五八年一二月三一日までに取得しなかつたとして、措置法三七条の二第二項の規定に従がい修正申告をするよう指導を受けた。原告は、右指導に応じ、不本意ながら、本件修正申告をすることとしたが、修正申告書を提出したからといつて、特例措置の適用を受けることをあきらめたわけではなく、買換資産取得予定年月日を更に延長するよう求め、それにより買換資産を取得して特例措置の適用を受けようと考えていたので、右担当職員に、そのために採り得る手段を問い質したところ、更正の請求ができる旨の教示があつた。

(五) そこで、原告は、本件修正申告をするとともに、本件更正請求をしたのである。

(六) 措置法三七条四項括弧書きに規定する買換資産の取得予定年月日の延長の承認申請は、当初の確定申告の時にその必要性を予測することができない場合には、同法三七条の二第二項、四項の趣旨に徴し、当初の買換資産の取得予定年月日から四ヶ月以内にすればよいと解すべきである。

本件願書及び本件上申書は、右の買換資産の取得予定年月日の延長の承認申請であるが、本件願書は昭和五九年三月三〇日に、本件上申書は同年四月二八日と、いずれも当初の買換資産の取得予定年月日である昭和五八年一二月三一日から四ヵ月以内に提出されているから、原告は、適法な買換資産の取得予定年月日の延長の承認申請をしている。

(七) 本件においては、被告は、当初の買換資産の取得予定年月日のわずか五日前に右(一)の承認の通知をしているのであるから、当初の取得予定年月日までに、原告が買換資産を取得することは著しく困難であつたというべきである。

そして、右(三)のとおり、原告に責任のない事情で新宿の計画に係る建物が出火したのであるから、新宿の計画により取得する建物を買換資産として選択することは妥当なものであり、本件修正申告までに買換資産を取得できなかつたのは、賃借人と争いがあつたためであるが、措置法基本通達三七-二七の二は、措置法三七条三項括弧書きに規定する買換資産の長期先行取得の場合の「やむを得ない事情」について、「借地人又は借家人が容易に立退きに応じないため譲渡ができなかつたこと」を掲げているので、同条四項括弧書きに規定する「やむを得ない事情」には、「借地人又は借家人が容易に立退きに応じないため買換資産の取得ができなかつたこと」が含まれると解すべきであるから、本件においては買換資産の当初の取得予定年月日を更に延長すべき「やむを得ない事情」があつたものというべきである。

したがつて、被告は、買換資産の取得予定年月日の延長を承認すべきであつたから、本件更正請求は理由があり、これを理由がないとした本件処分は違法である。

(八) 以上のとおり、原告は特例措置の適用を受けるべき立場にあるから、仮に、本件更正請求が、国税通則法二三条一項及び措置法三七条の二第二項一号に該当しない形式的要件を欠くものであつて、被告は、原告に特例措置の適用を受けさせるよう更正をすべきであつて、本件処分は違法である。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5について

(一)のうち、被告が昭和五八年一二月二四日に原告主張の承認の通知をしたことは認め、その余は不知。(二)の事実は不知。(三)のうち、原告が昭和五九年三月三〇日に本件願書を、同年四月二八日に本件上申書を被告に提出したことは認め、その余は不知。(四)のうち、被告の担当職員が、原告に対し、買換資産を取得予定月日までに取得しなかつたとして修正申告をするように指導したことは認め、その余は不知。(五)の事実は認める。(六)ないし(八)は争う。

3  被告の反論

(一) 国税通則法二三条一項は、納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたことにより納付すべき税額が過大であるときに、更正の請求ができる旨を規定しているが、所得計算の特例、免税等の措置で一定事項の申告等を要件としているものについてその申告等がなかつたため、申告等があつた場合に比して納付すべき税額が過大となつている場合は、これを理由として同項に基づく更正の請求はできない。

本件修正申告に係る課税標準及び税額などの計算は、国税に関する法律の規定に従つており、その計算にも誤りはないうえ、特例措置の適用を受けるためには、その旨の申請が必要であるが、本件修正申告は特例措置の適用を受けないことを前提とするもので、本件修正申告に際しては特例措置の適用を受ける旨の申請はないといえるから、特例措置の適用を受ける結果、税額が過大になることを理由に同項の更正の請求をすることはできない。

なお、本件修正申告時までに、原告は、買換資産を取得していないから、本件更正請求は、買換資産を取得したことを前提とする措置法三七四条の二第二項一号の更正の請求に該当しない。

(二) 措置法三七条第四項括弧書きの買換資産の取得予定年月日の延長は、同項及び措置法施行規則一八条の五第二項の規定により、確定申告書の提出の日までにその申請をしなければならないが、原告は確定申告の日までにその申請はしていないから、原告は、買換資産の取得予定年月日の延長を受けることはできない。そして、原告は、当初の取得年月日である昭和五八年一二月三一日までに買換資産を取得していないので、特例措置の適用を受けることはできないから、特例措置の適用があることを前提とする本件更正請求は理由がない。

また、買換資産の取得予定年月日の延長は、「やむを得ない事情がある場合」に認められるものであるが、「やむを得ない事情がある場合」とは、買換資産の取得に要する期間が客観的理由で一年を越えると認められるものをいうのであつて、関係者の個人的事情等主観的な理由で一年を超える場合は含まない。本件において原告がやむを得ない事情として主張しているのは、賃借人との紛争等の個人的事情等主観的理由によるものであつて、仮に、適法に延長の申請がされていても、延長を認めることはできないので、原告は、特例措置の適用を受けることはできないから、特例措置の適用があることを前提とする本件更正請求は理由がない。

三  抗弁

原告は、措置法三七条四項括弧書きに規定する最長の延長期間である昭和六〇年一二月三一日までに、買換資産を取得していないから、現段階では、特例措置を受けることはできず、本件更正請求は理由がない。

四  抗弁に対する認否

原告が、昭和六〇年一二月三一日までに買換資産を取得していないことは認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告が、昭和五七年八月三〇日に本件譲渡資産を譲渡し、昭和六〇年一二月三一日までに買換資産を取得していないことは当事者間に争いがない。

措置法三七条四項は、同条一項の表の各号に掲げる譲渡資産を譲渡した日の属する年の翌年中、あるいは政令に規定するやむを得ない事情があるため、当該翌年中に買換資産を取得することが困難である場合において、政令で定めるところにより税務署長の承認を受けたときは、当該翌年の一二月三一日後二年以内において税務署長の認定した日までの期間内(以下合せて「取得見込み期間内」という。)に当該各号に掲げる買換資産を取得する見込みがあることをもつて特例措置を受ける要件の一つとして規定し、また、同法三七条の二第二項二号は、取得見込み期間内に買換資産を取得しなかつた場合には、取得見込み期間内の末日から四か月以内に、譲渡資産の譲渡の日の属する年の所得税についての修正申告書を提出し、かつ、それにより納付すべき税額を納付すべき旨を規定している。そして右の納付すべき税額とは、特例措置の適用があるとした場合に減額されるべき税額と同額であることは同法三七条の二第二項二号の規定に徴し明らかである。右規定等によると、措置法は、特例措置の適用を受けるためには、取得見込み期間内に買換資産を取得する見込みがあり、かつ、同期間内に買換資産を現実に取得することを要するものとしていると解するのが相当である。

ところで、原告が本件譲渡資産を譲渡したのは前記のとおり昭和五七年八月三〇日であるから、原告が本件譲渡資産についての特例措置の適用を受けるために買換資産の取得を見込みかつ現実にその取得をするのは、最も遅くても昭和五八年一二月三一日後二年以内の末日である昭和六〇年一二月三一日まででなけはればならないことは、措置法三七条四項括弧書きの規定に徴し明らかであるところ、原告が右の期日までに買換資産を取得していないことは前記のとおりである。

そうすると、現段階では、原告は、もはや特例措置の適用を受けることができない状態にあることは明らかであり、したがつて、仮に本件処分が取り消されても、被告としては原告に対し特例措置の適用を受けさせるための更正処分をすることはできず、原告には本件処分を取消すことにより特例措置の適用を受けるという利益を回復する余地はないというべきである。そして、原告は、本件処分の取消しにより回復すべき利益として特例措置の適用を受けることのみを主張し、回復すべき他の利益については主張も立証もしていないから、本件処分の取消しを求める訴えは、回復すべき法律上の利益を欠くものとして不適法である。

二  よつて、本件訴えを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 塚本伊平 裁判官 加藤就一)

別紙一

〈省略〉

別紙二

「譲渡資産の明細」

(一) 土地

〈省略〉

(二) 建物

〈1〉 所在 高崎市矢中町字渕の内六四六番一外

家屋番号 六四六-一

種類 工場

構造 軽量鉄骨造スレート亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 二九八・〇二平方メートル

〈2〉 所在 高崎市矢中町字渕の内六四八番一外

家屋番号 六四八-一

種類 工場

構造 木造スレート葺平家建

床面積 四三七・五二平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例